USCPA挑戦~反省と展望~ FAR 受験日決定しました

4/2から学習開始した米国会計士試験、ようやく1科目めの受験日が決まりました。

時間は12月末。

1ヶ月で、まだMCしかやってないというヤバさ。

ピンチですが、背水の陣じゃないといつまでも終わらなそうなので、予定より早く受験することに決めました。無謀だけど、全力でやります。

 

節目なので改めて少し過去9ヶ月を振り返って見ます。後悔の羅列と。これから受験する人に向けて。

 

気づき

・記憶を定着させづらい

会計初学者にとって、会計の概念はエスペラント語並みに不可解なものです。

僕はいまだに将来キャッシュフローという、自然の摂理に反した考え方が受け入れられないです。

あまりにも覚えられなくて、自分の記憶力の低下を疑うかもしれませんが、安心してください。あなたが悪いのではありません。

 

・細かい英語表現に苦しめられる。英語は侮れない

英語に自信があったから、JCPAではなくUSCPAを志望したのですが、その過信があだとなりました。

キーワードはもちろん、MCの問題文には、どう解釈すればいいかわからない表現が次から次へと出てきます。

英語の勉強に、予想以上に時間を取られました。

 

後悔

受験日を早く決めておくべきだった。

受験日は早く決めたほうがいいです。

「早すぎない?」くらいのタイミングで設定するといいと思います。

受験日決定までに、学歴評価、NTSの発行の手続きを終わらせなければいけないのですが、これだけで4か月くらいかかります。4か月あればFARの範囲はマスターできます。

時間が長いかつ締め切りがないと、どうしてもだらけてしまいます。

「ゴールのないマラソンを走り続けられるか?」

と自問してみましょう。

「いいえ」ならば、早く受験日を決めましょう。

 

休学は受験日を決めてからするべきだった

コロナのタイミングで半年休学して、猛勉強して最短合格を目指していたのですが、受験日が決まらず、結局一科目も受けれず終わってしまいました。

後期に休学するべきだったなあと、ひしひし思っています。

 

これから勉強する人へ

・復習、インプット、アウトプットのバランスをとること

個人的にFAR習得で大事なことは、

「インプットのスピードを速くする」

「インプットした内容をこまめに復習する」

「問題をこなす」

の3つだと認識しています。

 

38個もチャプターがあるので、一周でほぼ1か月かかります。

単純計算、2週で2か月かかってしまいます。 

大学生ならまだしも、社会人はなおさら時間がかかると思います。

また、チャプターを進めないと解決しないような疑問点が初めのうちはたくさん出てきますので、そのポイントを忘れないためにもどんどんチャプターを進めていかなければなりません。

なので、

できるだけ一回でチャプター内の概念を習得する努力をしつつ、ハイスピードで学習することを心がけましょう。(これが難しいんだな)

 

MC問題は、チャプターごと、もしくはユニットごとに逐次解いていくほうが良いと思います。

MC問題は、わりと初見で解くのが難しいです。しかし、MC問題を解いて解説を理解することは、定着に非常に役立ちます。

 

そして、チャプターを進めるのはもちろん、復習を怠らないようにしましょう。復習しないと細かいところが抜けてしまいます。

 

・全体像を意識

USCPAの論点は細かいところが多いため、徹底的に理解しようとして自分が一体どこを勉強しているか見失うことがあります。解像度が高い分、視野が狭くなるのは顕微鏡と同じですね。

個人的には、簿記3級か2級を合間に受けることを奨励します。

簿記は、解像度が低い代わりに、全体像が見えやすいので、各会計処理の関係をつかむのに役立ちます。

 

単位認定試験は毎回本気で

自宅受験なのでカンニングし放題ですが、カンニングは正直もったいないです。単位認定試験は重要なマイルストーンです。スピード感と理解を意識して、全力で臨みましょう。

 

 

・MCは数を解くより理解重視

2回MC問題を間違えるなら3回目も間違います。

教科書に立ち戻ったり、なぜ解けなかったかを徹底的に分析して、二度と間違えないようにしましょう。

 

僕は、教科書の論点と、MC問題の頻出論点を抽出したノートを作成してノート内の内容を理解することに努め、FAR2-4の内容を習得しました。

合格したら1万円でゆずります。(笑)

 

 

まとめ

つらつらとネガティブなことを書きましたが、

勉強を続けていれば、時々嬉しい瞬間があります。

それは例えば、TBS問題でオプション取引の問題が出た時、

スワップ契約の仕訳をスラスラ書ける自分に出会えた時

控えめに言ってカッコ良いなと思いました。

範囲が広すぎるゆえ、できないことの方ばかり気を取られてしまうと思いますが、それでも少しづつ成長していってるので、これから受験希望される方は、長い目で、かつ一発で理解するくらいの気概で勉強してみてくださいね。

 

12月末の試験、絶対受かって見せます。

応援よろしくお願いします。

「かっこいい」って、なんだろう。

「かっこいい」は人の数だけあります。

子供の頃、僕はB'zの稲葉さんに憧れを抱いておりました。

歌が上手いだけじゃなく、イケメンで、マッチョで、高学歴、ストイック

「いつかこんな大人になりたい」という気持ちをずっと持っていました。

 

BIGという歌が1番お気に入りでした。

なにか、気に食わない、うまくいかないことがあった時、おまじないのように口ずさんだものです。

 

こんなことでこんなとこで
俺は悩んでる場合じゃない
もっとビッグにならなきゃ
いけない男だから俺は

 

明日の俺は今日よりもビッグ
絶対にビッグ
絶対にビッグ ビッグ

 

僕は稲葉さんを目指してました。

水球部での過酷な練習、1日8時間を超える勉強、

ビッグになるためどこでも1番を目指し、その甲斐あって、細マッチョな体格と、第一志望の大学の合格証を手に入れることができました。ストイックさも多少は得られたかな。歌唱力と数学の点数はダメでしたが。笑

「なりたい」と言う気持ちは、努力で実現する。

その気になれば、稲葉さんにだってなれるんです。

 

世界には、唯一無二の「かっこいい」が存在していると思っていました。

誘惑に負けないこと、威厳があること、他人のせいにせず、常に自分と戦っていること

 

その物差しで測れば、僕は他の人よりも絶対に「かっこいい」

 

そんな、nearly perfectな僕には、「モテない」「仕事ができない」という、あるまじき欠点があったのに、その事実を認めることができませんでした。

 

彼女に振られ、何かを見失っていた僕は

その時期に出会った、ヤマシタさんという、かっこいい先輩と行動を共にするようになりました。

ヤマシタさんは、ミステリアスで、クールで、めっちゃ嘘をつくけど、女の人が尽きないのです。

ヤマシタさんから、普遍的な「かっこいい」とは、「女性を沼らせることができる」なのだと学びました。

僕は「必要以上に人に優しくしない」「相手より優位に立つ」「追いかけない」という態度を心がけるようにしてました。

 

そんな時、僕は、別の仕事場で、ヨシタカさんという大先輩に出会いました。

その人は、僕の中の「モテるかっこいい男」とはかけ離れていました。

口がうまくて、ずっとヘラヘラしてて、女性にすり寄っていくのです。

ヤマシタさんとは全く違うタイプの違う「モテ方でした」

ヘラヘラしてるけど、仕事の腕はピカイチで、それでいてめちゃくちゃ要領が良いのです。

これって、めっちゃかっこよくないですか??

 

恐ろしく仕事ができるヨシタカさんに、僕は散々にいじられたのですが、なぜか、もう嫌な気分になりませんでした。

 

ヨシタカさんには「なれる」気がしなかったということ

誰かの「かっこいい」を追いかけることに疲れたということ。

 

「モテる」ことだけが「かっこいい」わけでもないし、「優等生」だけが「かっこいい」わけでもない。「手先が器用」だけが「かっこいい」わけでもない。

 

僕はこの時ようやく、

「かっこよくなりたければこうあるべし」

という観念から解放されたのです。

 

誰かの「かっこいい」を目指して、うまくいかなくい。それは当たり前の話で、卑下するようなことではないのです。

 

「かっこいい」は、人の数だけあって、ヨシタカさんのかっこよさは、ヨシタカさんにしか出せない唯一無二のものだし、ヤマシタさんも然りです。

 

僕がヨシタカさんにいじられても嫌じゃなかったのは、ポンコツでモテない、そんな自分をありのまま認められるようになったからなんだと思います。

 

 

世界に、「かっこよくない」人がいるのなら、ダーウィンの進化論は、音を立てて崩れるでしょう。

逆にいえば、僕たちは、激しい生存競争に打ち勝った遺伝子の末裔なのです。

つまり、

 

世界に、かっこよくない人など存在しないのです。

 

他人の物差しではなく、自分の物差しで、自分を測ってみましょう。

きっとみんな、自分のかっこよさに気づけるんじゃないでしょうか。

 

全ての人に、幸アレ!

あ、自転車盗まれた、、

帰路

2週間の仕事が終了しました。

荷物をまとめ、フロントの快活なお姉さんに最後の挨拶をし、ホテルを出ます。

「思わせぶりな接客を受けられるのも今日が最後なのか」

少しの寂しさとともに、バス停に向かいます。

曇り空の下、ひとけの無い舞鶴の5条通りをひとり歩きます。

何度も行き来した何気ない景色でも、今日で見納めだと思うと、やけに新鮮に写ります。

でも、なんでだろう。

目に写るものが、現実味をなくしてぼんやりと霞みがかっているようにも見えるのです。

 

出張帰りのひとときが好きです。

スキー場での泊まり込みバイトが終わった後のバスの中、ハイデラバードから日本へ帰る時の飛行機の中、仕事から解放された日の、駅までの帰り道

 

長い役目から解放されたとき、いつも感じることがあります。

 

「今、僕はどこにいるんだろう」

自分が今、現実にいるのか、夢を見ているのかわからなくなることってありませんか?

まるで糸が切れた凧のような、海に浮かぶクラゲにでもなってしまったような、心もとなさ。

そんな気持ちとともに、日常という現実へと、浮き上がっていきます。

もうひとつは、

「何者でもない」僕

仕事を終えた後の帰り道は、僕は仕事人としての僕ではなく、ただの僕に戻ります。

何も背負わず、抜け殻のような、紛れもない自分です。

千尋がトンネルを抜けて、人間の世界に戻るときも、きっと同じような感情を抱いていたでしょう。

 

旅行の計画を立てる時、旅立つ時、まだ見ぬ地への期待と不安で胸がいっぱいになる。これはもちろん心楽しいことです

実は、何者でもない一瞬に戻れるこの帰り道

帰り道のはずなのに、どこに帰ろうとしているか、分からなくなるこの瞬間も、旅の醍醐味なんだとおもいます

同じようなこと思ってる人いたら、いいな。

譲り合い?

いま僕が泊まってるホテルに、「天然温泉」という、普通サイズのお風呂がついています。

天然温泉に浸かるたびに、3つの疑問が浮かび上がります。

「売り手は、今やそこかしこにある天然温泉付きホテルの中でどう差別化を図っているのか。」

「天然温泉目当てにホテルを予約するお客さんは、全体で何%くらいいるのだろうか。」

「天然温泉の魅力って何なんだ?」

堂々巡りののち、

「天然温泉という響きが良い」

という、革新的な発見とともに湯船を出る。

それが僕のルーティンになっています。

 

今日、お風呂場のドアを開けると

だらしなくお湯に浸かるおじさんがいました。

シャワーでサッと身体を流し、おじさんと目を合わせないですむポジションに僕も腰を下ろしました。

沈黙とともに時間はすぎ、のぼせたのか、おじさんは湯船から上がり、シャワーを浴びるブースに行きました。

僕はその後もずっと湯船にいました。

けど、違和感を感じました。

シャワーの音がしないのです。

おっさんは、お風呂から上がるフリをしていたのです。

「早く上がってくれ」

とでも言いたかったのでしょうか。

それとも単に休憩していたのでしょうか。

定かではありませんでしたが、明らかに不自然な挙動でした。

僕は早く上がるよう促されたような気がして居心地が悪くなり、そそくさと湯船から上がり、シャワーで身体を流してお風呂を出ました。

 

僕が戸を閉めて、体を拭きはじめると、再び湯船からお湯が溢れる音が聞こえてきました。

 

そのおっさんを非難するつもりも、自分の気遣いを称賛するつもりでもありません。

ただ、むず痒くて仕方なかったのです。

 

直接「上がってくれ」と言うのもおかしな話ですが、

要望をアピールするためだけにわざわざお風呂から出て全裸で待つ、それもそれで滑稽ではないですか?

 

ほんとそれだけの話です。

 

「譲り合い」と「言わんでもわかるやろ」

混ぜるな、危険!

先頭を歩く

日本海はやはり良いですね。

荒削りの黒い岩礁と、青空が織りなすコントラストに、思わず写真を撮らずにはいられなくなります。

 

休日の仕事でした。

人のいないだだっ広い作業場で、

金属のパイプを2つ切断し終わった後、

「今日の作業、終了。」と父は立ち上がりました。

 

待ち受けるものがない、休憩所までの道のりは長く、安堵とも疲労ともつかないものが背中にのしかかり、僕はずるずる足を引きずりながら歩いていました。

 

それを見かねたのか、父は立ち止まって僕に

「歩くん遅いのう。」と言い放ちました。

続けて、

「俺の経験上、歩くん遅いやつは総じて仕事ができひん。忠告だけしておく。」

と、行ってまた歩き始めました。

 

よくわからないまま、とりあえず早足でついて行きました。

 

今日、父に言われたことを思い出し、作業場までの道のりを、父より前を歩いてみました。

 

その時初めて知ったのは、作業場までの道のりは複雑に入り組んでいたことです。

どこで曲がるか分からず、何度も父に聞きました。

 

その最中、僕の頭はフル回転でした。

遠心力が頭蓋骨にまで伝わるほどでした。

脳が、喜んで頭を駆け回っているようでした。

 

「お前は引っ込んどれ」

僕のように、「ポンコツだ」とか、「不器用だ」とか評価されている人たちは、この言葉を飽きるほど浴びせられ、言われた通り大人しく後ろを付いていくことを学びます。

それはある意味「自分の身の程をわきまえている」と言えるでしょう。

 

しかし、そんな僕たちこそ、前をぐいぐい歩いても、良いのではないでしょうか?

他人の目には生意気にも出しゃばっているようにも映るかもしれません。

それを恐れず自分の脳をぶん回してあげれば、仕事終わりの帰り道に、1記事書きたくなるくらいの発見がありますよ。

 

いいか男は 生意気ぐらいが丁度いい〜

行く野の道の とほければ

今日は仕事がお休みでした。

せっかくの休みだったので「まだ踏みも見ず」の天橋立に向かうことにしました。僕が滞在していたのは舞鶴市内で、天橋立までは一時間ほどかかりました。

西舞鶴駅発の、丹後鉄道という電車に初めて乗りました。

 

遠き野の道を行く

改札は自動ではなく、駅員さんが切符を切ります。

丹後鉄道ではワンマン列車という、車両が一つだけの電車が走っています。

ドアが二つあり、後ろのドアが入口で、前のドアが出口の一方通行型です。間違えて前の入り口から入ろうとしてしまい、下りられるお客様と見つめあってしまいました。

西舞鶴から四所(ししょ)駅の間、ワンマン列車は林の中を走っていました。しばらくして林を抜け、背後に山がたたずむ広大な田園風景が目の前に現れました

「この景色の、要点はどこだ?」

「つまりこの景色のテーマは?」という疑問が頭をめぐりました。

 

数少ない乗客たちはスマホを手に取り、その風景を夢中で撮影していました。

あまりにも同じ景色が続くので途中から思索にふけっていました。

 

四所駅の次に東雲(しののめ)駅。『海賊と呼ばれた男』の登場人物の一人に東雲という名字の人物が登場しますが、この地が由来だったそうです。

 

電車は大きな川を横切りました。対岸には三脚付きカメラを構えて電車を待ち構える人が列を作っていました。電車から見る彼らは、突如飛来したUFOに興味深々なまなざしを向ける小さな原住民のようでした。

 

天橋立駅に到着し、徒歩五分の距離にあるリフトで山上から天橋立を眺めました。

海が島に隔てられていて、左は濃い青色、右は薄い青色をしていました。

尾を引くボートに風情を感じました。

股除きのスポットよりも、下りのリフトからの景色のほうが絶景です。

「美しい!感動!」というより、

「ナニコレ!面白い!」

 

大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみも見ず 天橋立

 前半の部分には、賛成です

リアル人斬り抜刀斎

親父との仕事日記part2

 

今回はリアル「緋村剣心」との出会いについて

今、興奮冷めやらぬまま帰宅したばかりです。

 

緋村剣心はちなみに、るろうに剣心の主人公です。有名だと思うので説明は要らないですよね?笑

 

休日前の話です。仕事終わりに、「今日はスナイパーと飲むねん。」と親父が僕に自慢してきました。

最初に頭に浮かんだのは「?」の文字。

「それって、どういう意味のスナイパー?」

「スナイパーは、スナイパーや。」

「え、本物のスナイパー?」

「そや。」

あまりの好奇心につい、「俺も行ってもいい?」と口から出てしまいました。

来ても良いとのことでした。

その人、コメさんは、父と同じ50代後半。

180センチある父と並ぶと、半分くらいしかないんじゃないかと思うくらいの身長でした。

左手人差し指の厚いタコが目立ちました。

髪はオールバックでばっちり決まっており、

全身から温厚なオーラを放っていましたが、会話の端々から鉄のような意志、強い自信が伝わってきました。

「800mの距離からならペットボトルは射抜けます」

「扉が引き戸か、押し戸か、見ただけでわかる職業病ですわ」

「ナガレカワは楽しいところですね」

他にも、銃弾の動き方や、人の死の瞬間、広島を出禁になった話など、濃すぎる話をしてくださいました。

僕はほとんど話さず横で父とコメさんが話していることをずっと聞いているだけでした。

父が冗談とはいえ「コメさん怖いわ~」と頻繁に口にし、鈍感な僕でも「いつもと違う」緊張感を感じ取っていました。

「コメさん怖いわー、後ろから撃ってくるやろ~」

「あのホテルの屋上からとかね(笑)」

コメさんが時々おっしゃるジョークからは「これはジョークではないかもしれない」という可能性が潜在していて、いつも笑いが起こるまでの時差がありました。

笑顔が絶えない方でしたが、話している途中に時折、人のものとは思えないくらい黒い目になることがあり、そのたび僕の息が止まりました。

 

コメさんと父のやり取りを見ながら、「河上彦斎」という、緋村剣心のモデルになった幕末の人切りに興味を持ったことを思い出しました。

平生は礼儀正しい温和な人物であるが、反面平気で人を斬る残忍性も併せ持ち、「人斬り彦斎」、「ヒラクチ(蝮蛇)の彦斎」などと呼ばれていた。 

                              wikipediaより

容姿は、身の丈5尺前後(150cmほど)と小柄で色白であったため、一見女性の様であったという。

                               wikipediaより

 

お店を出た後、帰りの方向が違ったので長く話すことはできませんでした。

別れた後、ふと、「どうやって帰るのだろう?」と思いコメさんのほうを振り返りました。

暗くて見えなかったですが、コメさんの影は店の前から動いておらず、僕が見てしばらくしてから歩き始めました。

 

「見てたの、ばれてしまったかなあ。」とはらはらしながら帰宅しました。

今日は怖くて寝れなさそうです...(笑)