帰路

2週間の仕事が終了しました。

荷物をまとめ、フロントの快活なお姉さんに最後の挨拶をし、ホテルを出ます。

「思わせぶりな接客を受けられるのも今日が最後なのか」

少しの寂しさとともに、バス停に向かいます。

曇り空の下、ひとけの無い舞鶴の5条通りをひとり歩きます。

何度も行き来した何気ない景色でも、今日で見納めだと思うと、やけに新鮮に写ります。

でも、なんでだろう。

目に写るものが、現実味をなくしてぼんやりと霞みがかっているようにも見えるのです。

 

出張帰りのひとときが好きです。

スキー場での泊まり込みバイトが終わった後のバスの中、ハイデラバードから日本へ帰る時の飛行機の中、仕事から解放された日の、駅までの帰り道

 

長い役目から解放されたとき、いつも感じることがあります。

 

「今、僕はどこにいるんだろう」

自分が今、現実にいるのか、夢を見ているのかわからなくなることってありませんか?

まるで糸が切れた凧のような、海に浮かぶクラゲにでもなってしまったような、心もとなさ。

そんな気持ちとともに、日常という現実へと、浮き上がっていきます。

もうひとつは、

「何者でもない」僕

仕事を終えた後の帰り道は、僕は仕事人としての僕ではなく、ただの僕に戻ります。

何も背負わず、抜け殻のような、紛れもない自分です。

千尋がトンネルを抜けて、人間の世界に戻るときも、きっと同じような感情を抱いていたでしょう。

 

旅行の計画を立てる時、旅立つ時、まだ見ぬ地への期待と不安で胸がいっぱいになる。これはもちろん心楽しいことです

実は、何者でもない一瞬に戻れるこの帰り道

帰り道のはずなのに、どこに帰ろうとしているか、分からなくなるこの瞬間も、旅の醍醐味なんだとおもいます

同じようなこと思ってる人いたら、いいな。